「よしっ!」と僕は黒鳥のショーを創る覚悟を決めた。
ただ、どのように創っていくのか、その過程がわからない。演劇とは当然、異なるのだろうし、歌稽古からか、いや誰も歌わない。ではダンスの稽古からか。それにレビューショーならちょっとしたコントも入れたい。ステージメンバーの顔を見ながら考える。
コンテンポラリーのダンサー・ネバさんは「オレはホモだから、ゲイと一緒にしないで」と釘を刺してくる。広島県出身のトマトと、歌手志望のコージと、大学生のA君は若手三人組で
ジャニーズ系でいけるか、チバちゃんは小太り髭面で円筒形の身体はぐるぐる回転させたら面白そう、ニューハーフでコケッティシュな小柄のエル、大輪の花を思わせる大柄なラブ、二人とも個性的で美しい。これで7名、ちょうどいい人数だと思う。が、やりたいことと、やれることの見極めがつかない。
ロッキーこと山田仁夫さんに相談する。
「僕は出演も必ずするから、その前に僕抜きで何本か創らせてくれないかな?自分なりの創り方を探ってみたいんだ」
ロッキーは少し考えてから
「うん、わかった!リョージィが何かつかむまで、出なくても構わない。その代わり、ボクの手伝いもお願いね」
ロッキーの家には種々雑多のレコードが揃い、音の編集機材もあった。
僕は昼はロッキーの家で編集などを手伝い、彼が創って行く過程を観察し、ロッキーから聞かれればバカバカしいアイディアを出す。
夜は赤坂の小さなクラブ「サブローザ」でピアノの伴奏をする。気のいいママと、カウンターのロクちゃんとは冗談を言い合い、ピアノを叩いて、昼の疲れをとる。
ピアノの休憩時間はすぐ隣のパチンコ屋へ。時間を潰すのではなく、僕は100円で生活必需品をゲットする。家を出るときにるみちゃんからメモを預かり「コーヒーの粉、フィルター、お米、それから、、」必ず100円でゲットする。足元に転がってくるパチンコ玉は、店員の磁石の棒より素早く拾う。余った玉は彼女の好きそうな単行本とチョコレートに替える。僕は「サブローザ」のピアノの先生というより、パチンコの猛者と思われていたかもしれない。
ただ、黒鳥の舞台に立てば、お世話になったこのお店ともお別れだ。我が儘をきいて応援してもらったから尚のこと辛い。本当にやりたいことをやるために羽ばたくのなら、、、悔しいことにまだまだ夢の途中だ。
上野の父が亡くなった1981年(昭和56年)には、龍史くんは東陽一監督の映画「ラブレター」(原作は金子光晴のラブレター)に出演している。助監督の栗原さんと、私の友人で映画の小道具を担当しているおたかさんが結婚し、何度か会っているうちに東監督を紹介され、出演の機会を得た。撮影の合間、自分の出番がない時には空いている部屋で眠ってしまう。その寝息がゴォーゴォーグゥオグゥオ、部屋の襖が揺れるほどで、「どこの野良犬だァ!」と監督が怒鳴るといびきは止む。が、静かになった途端、又、ゴォーゴォー、を繰り返していたらしい。
その様子をおたかさんから聞いて龍史君に尋ねると「だって、眠かったんだもん」
その後、「セカンドラブ」(1983年公開)にも、出演させていただいた。
又、その年、後に『愛はかげろう』がヒットする「雅夢」のコンサートの演出を依頼される。
これも又、私の友人から紹介された、舞台監督をされている大橋さんからである。
大橋さんは「クリエイト大阪」という大阪から東京に進出した舞台監督とクリエイターの集団の一員である。何度か家に来ては、夕食の残り物でご飯を食べ、舞台とは、コンサートとは、と講釈を垂れる。私は面白いのでいつも質問を投げかける。彼はなんでも答える。そのうちに龍史君は答えの隙間を軽く突く。大橋さんの繕い方がおかしく、私も突いてみる。何であれ
ライブが大好きで、いつも冗談半分、本気半分の変な関係がいつの間にか形成された。
日本青年館で「雅夢」もファーストコンサートなら、龍史君も初めての演出。家に戻ってからも舞台の図面を見ながら「舞台上から二人がスコンと消えないかなァ」とつぶやいていた。
そして初日、舞台後方に下がった二人は、前を見たまま後ろに下がり、スコンと消えた。
照明機材もまだまだ発展途上、照明のマジックで見えなくなったわけではない。乱暴な演出家は、お二人に後ろへ飛び降りるように指示したのだろう。
客席からは一斉に「うわーっ!」と声が響く。一瞬の後、「ほーっ」という声に、大きな拍手が重なった。
恐る恐る始めた黒鳥のショー作りも、回を重ねるたびに創る作業が面白くなってきた。
評判も上々で、メンバーの個性もクセも飲み込んで、それぞれが活きるように考えるのも
楽しい。
「自分が観たい大人のためのショーを創る」と決めてから、自分自身も楽になった。
その上、黒鳥でショーのリハーサルをしながら、そのまま大橋さんやコンサートのスタッフと仕事の打ち合わせもできる。面倒がなくていい。一石二鳥である。
もうそろそろ、僕も出演をしないと、待ってくれたロッキーに申し訳ない。
またまた、清水の舞台から思いっきり飛び降りて、今度はどこに着地するのだろうか。
考えた末、黒鳥での初舞台は、頭を丸めて臨むことにした。
いつものように東上野の実家の隣の床屋には行かず、愛車のカワサキを飛ばして目に付いた
三軒目の理髪店に飛び込む。長嶋さんの3が、僕にとっては憧れのラッキーナンバーだ。
「こんにちは〜」僕は清水の舞台に片足を掛けた。
💌💌語り手のつぶやき💌💌
中村の、中学・高校の友人たちも、劇団四季の同期生もその関係者も、コンサートで知り合ったアーティスト、スタッフ・コーラスの皆さんも、いまだにお付き合いがある幸せをしみじみ感じています。それにしても、前を向いたまま飛び降りさせるとは、昨今なら間違いなくコンプライアンス違反でしょうね😇😇😇
留美子拝
