「劇団四季をクビになった!」

劇団四季演劇研究所の4期生となったタコ青年、いやタコという渾名を知らない世界に、漸く夢の一歩を踏み出した。
その4期生の良二君は、大先輩の浜畑賢吉さん、少し先輩の荻島真一さん、矢崎滋さん、
大和田伸也さん、木内みどりさん達のお芝居を見ながら、「いつか僕も大人の芝居で日生劇場の真ん中に立つんだ!」と胸を膨らませていた。ただ、自分の資質と、劇団四季の、浅利演出の、舞台作りが大きくかけ離れているかもしれない、という小さな引っ掛かりはあやふやなまま、授業は休まず進んで顔を出していた。

当時、顔を合わせることはなかったが、少し下に鹿賀丈史さん、市村正親さん、ずっと下に
土居裕子さんも在籍していた。
後に良二君は、荻島さん、矢崎さん(夫婦漫才・芸術座)の舞台演出、鹿賀さんのライブ
(パルコ劇場)演出、また、土居裕子さんが音楽座を辞めてからの主演一作目「青空」も
演出・振付をしている。
自身が表現者になることを目指していたにも拘わらず、演劇の神様もミューズの神様もなかなか、その道を開いてはくださらない。

ようやく待ち望んだ稽古の日がやってきた。研究生も出演する「どうぶつ会議」だ。
エーリッヒ・ケストナーの児童小説を基に、劇作家(その当時)井上ひさしさんが四季のために書き下ろした音楽劇だ。
何より、子供のミュージカルに出たい、関わりたいと念じていた良二君は、むさぼるようにその台本を読んだ。とにかくト書きが面白い!
教科書だって、こんなに熱心に読んだことは無い!イメージを膨らませながら読み続ける、又、頭から読む。夢中で読み続けた。
そして配役発表があった。その大陸的な大らかさからか、アフリカのライオン役だった。

大人たちの戦争、環境破壊を抑えるためにはどうしたら良いか、子供たちの未来のために、
地球上の動物たちが立ち上がり、大人たちに強烈なメッセージを突きつける物語だ。
子供たちにとって、動物たちはヒーローだ。
良二君は睡眠不足もなんのその、ライオンさんを演ずることが面白くてならない。
演出の浅利さんが中村ライオンを笑う。「芝居の稽古でこんなに笑ったことはない」と。
人の笑顔が生きる喜びとなる良二君にとって、至幸の時間だった。

ただ、井上さんは遅筆で有名な作家であるし、また変更・直しも多いので、既成の付箋などない時代、「どうぶつ会議」の台本は、七夕の短冊のごとく、短冊を貼り倒したと、同期の女子は言っていた。良二君はといえば、鉛筆で斜線を引き、書き直し、また消す。多分、自分に必要な場面にだけではなかったのか、と想像する。
本の直しを待てない作曲家は、シーンごとの曲を歌詞がないままに作曲し、振付家は歌詞のないまま振り付ける。初日は迫る、とにかく前へ進める、無謀な戦いは続いた。

それでも初日はやって来る。
1971年、会場は富士急ハイランドホールで、
原作E・ケストナー、脚本・井上ひさし、演出・浅利慶太・宮島春彦、作曲・いずみたく、
振付・山田卓、美術・金森馨、照明・沢田祐二、衣装・藤森暎子・川崎祥恭
錚々(そうそう)たる布陣で、初日の幕は切ってて落とされた。

出演者も現場のスタッフも懸命に滞りなく舞台を進ませる日々。
「どうぶつ会議」のラストでは、ホールのドーム天井がグワーッと開く。
汗で流れ出したドーランでグシャグシャの悲惨な姿が毎日、白日の元に晒される。
同期女子曰く「何のお仕置きだったんだ!」と。

それでも正面切ったお芝居や歌に慣れていく、いや慣れようとする同期生や、浅利演出に近づく努力を重ねる同期生を横目で見ながら、良二君は、自身をその形にはめると、どうしても舞台上で生き生きと動けない、リアリティが出せない、そのことばかり悩んでいた。
「中村、その芝居は映画やテレビでやれ、舞台は違うんだ!」というダメ出しにも。

又、子供の頃、高鉄棒から落ち鼻を打ったことから来るのか、生まれつきか、鮭のように鼻が曲がっているからか、それとも扁桃腺炎でよく高熱を出したからなのか、ハスキーで鼻詰まりで思うように声が通らない。これは役者としては致命的ではないか。いや、それを逆手に取ることは出来ないか。頭をぐるぐる回しても結論は出ない。

人一倍汗かきの良二君は、アフリカの草原でもタラタラと大粒の汗をかくライオンさんとして、じっと見守る子供たちの熱い視線を裏切らないように演ずることを心がけた。顔も身体も汗まみれの中、何をどう言われようが、面白い場面では笑いをとる、子供の笑顔を見ることを楽しみに自分なりに演じ続けた。
当然のことながら、浅利さんを始め、劇団の重鎮にも覚えがめでたい筈はない。

地方公演で何ヶ月も東京に戻れないと、冬は毛糸の編み物が女子の間で流行る。同期でも先輩でも、移動時間に誰かのために編む編む編む。特に親しい女子のいなかった良二君を可哀想に思ったか、先輩女優からマフラーをいくつも頂いた。律儀に全部クビにかけて東京へ戻った
良二君はほとんど顔が埋まっていたと言う。それにしても、仲の良かったカップルが地方公演から戻ると相手が変わって居る。劇団アルアルだと言われるそうだが、そのいい加減さが彼には許せない。

そんな良二君も、気になる、気の合う、先輩だけれど年下の、しかも将来有望な女優と親しく口をきくようになった。
まるで高校生同士のような雰囲気を、同期や先輩も微笑ましく眺めていたという。
ところがそんな噂が、彼女を可愛がる浅利さんの耳にも届いていたらしい。
噂には当然のように尾鰭が付き、無いことないことばかり勘繰られて、挙げ句の果てに劇団内の試験にも落ちた。
彼自身は、四季の形を、演劇術を、受け入れられないのだから仕方がないと理解したが、でも何か割り切れない感情が胸の奥底にちろちろと燃えていた。

そう、僕は劇団四季演劇研究所を見事にクビになった!

思えば、17歳で黒澤明監督と出逢い、19歳で浅利慶太氏に出逢った。
10代で映画の世界的巨匠と演劇の巨匠に出逢ったが、形を生かしてリアリティを感じさせる
方法はまだまだ見つからない。
少しだけ父親を安心させたが、また、悩みの種の息子に戻る。
ま、いいか。いや良くない!
さて、次は何を学ぶか?唐十郎のオモシロさを、四季の同期には分からないだろう。
アンドリュー・ロイド・ウェバーと唐十郎を同時に語って、理解する仲間は彼の傍には居なかった。
孤高の子供だった青年は、又。誰にも邪魔されないトンネルに入り込み、じっとenergyを
蓄える。
そして、又、動き出す。

💌💌語り手のつぶやき💌💌
この続きは元旦に。
そろそろ、語り手である私も登場します。
何か、失礼がありましたら、ごめんなさい!
すぐに訂正しますので、恐縮ですがお知らせくださいませ。

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