2018年 ACT.8

「ゴールデンジジイ」

2018年、皆様明けましておめでとうございます。本年もこの「コラム」明るく楽しく元気よく、少年ジェットのような活力に溢れた文章を書いていきたいと思っております。どうぞ宜しくお願いします。

さて今年は、まず1月12日にワンマンLIVE「やすらぎすぎるLIVE」が初仕事。
昨年のテレビ朝日系ドラマ、倉本聡脚本「やすらぎの郷」の挿入歌「振り向けば腰痛」
「トーニョーだよおっかさん」そして「やすらぎ体操」を中心に、ちょっとおバカな90分程の単独ライブです。
単独だから当たり前のように独りきり、やること多くてシャンシャンの手も借りたいくらい。おまけに来場者名簿を見ると、えっ!この人も、この方も?えっそんな方まで見に来ていただけるのですか?もう武者震いで風邪ひきそう、この原稿を書いているのがLIVE1日前、頭の中はムラサキウニ状態。
そんな中、ライブに備え心身を鍛え、あらゆる感性を研ぎ澄ませようと思い、正月返上で
八ヶ岳南麓「ひらめ山荘」に向かった。
目的は、霊峰富士を拝み、南アルプスに手を合わせ、八ヶ岳に祈りを捧げ、秩父連山に深呼吸。これを「他力本願寺式四方八方塞がらない祈願の術」という。そして最大のイベントは、滝に打たれ心身ともに研ぎ澄ますと云う「四方八方びっくりの『行』」そんなこんなで目的意識は万端だった。
まず四方の山々はこの季節でなければ拝めないような、くっきりはっきりインスタ映え状態。四方どこを見ても気力十分、富士山を12時とすると、3時が南アルプス
6時に八ヶ岳、そして9時に秩父連山、夕日があたっているとまるで「リオ・ブラボー」のような西部劇的景色。
パワースポットの真ん中にいると、天地の気を身体中に浴びて正気(せいき)みなぎるも、パワーがありすぎて正気(しょうき)を失いそうだった。
最初の目的を達し、次なるは「滝打たれの行」。浄蓮の滝はないけれど、ここには吐龍(どりゅう)の滝がある、行ったことはあるがよく覚えていない、どんな滝だったのか、龍が吐いているのだから相当な滝だろう・・・。果たして吐龍の滝は、、、、、、、、、、、凍っていた。仕方がないので、滝を打ってきた。

さて、話は変わって、LIVEの中でどんなおしゃべりをしようかと色々考えてみて、ふと思った。66歳演出家振付家、自分が作るどんな作品の中にも、必ず笑いの要素を入れ込むくらい笑いが大好き、お笑いも好き。でも俺が追い求めているのは「笑い」。「お笑い」は今テレビに出ている芸人さんたちのもの、「笑い」はチャップリンに代表される。
なぜ俺がこんなに「笑い」にこだわってきたのか?と言う自分的歴史を顧みた。
1960年代初頭、小学校高学年頃からアメリカのテレビドラマが何本も放映されていた。
「ちびっこギャング」「じゃじゃ馬億万長者」「ハイラム君乾杯!」「アイ・ラブ・ルーシー」etc. etc. この米国的コメディードラマを見るのが何よりの楽しみだった。しかしその頃の俺は「対人赤面恐怖症」。外では無口、とても「笑い」云々をみんなで話し合うなどという子供ではなかった。
今思うと、その頃から俺の体のどこかに、「笑い」という因子がうごめいていたように思う。
その後映画は東宝一色。「駅前シリーズ」森繁久彌、小林桂樹、フランキー堺、三木のり平、
加東大介、小沢昭一。彼らのやり取りは「ニール・サイモン」や、「ビリー・ワイルダー」の作品に限りなく近いものを俺は感じていた。
忘れてならないのは植木等の「無責任シリーズ」。ビルの屋上、そしてラスベガスの大通りでのダンスシーン、ミュージカル感満載だった。まだ「ウエスト・サイド物語」も「サウンド・オブ・ミュージック」も知らない俺にとって、とにかく立派なミュージカルコメディーだった。
そんな中、中2の頃友人に銀座の「東劇」という洋画ロードショウ専門映画館に誘われた。
誰が行こうと言ったか定かではないが、とにかく4、5人で御徒町から東銀座まで歩いて行った。
その映画のタイトルは「グレートレース」。俺の大好きなアメリカギャグ満載作品で、主演の
一人ジャック・レモンと云う俳優に中学生・中村龍史心の底から感銘を受けた。
こんなシャイな俺がはた目も気にせず目を真っ赤にして泣き笑い転げ、にもかかわらず俺の目の奥には星が輝いていた。まるで目を真っ赤にして鼻水垂らしマウンドに仁王立をしている「星飛雄馬」のようだった。
これを機に役者を志し、紆余曲折、五里霧中満身創痍工夫的人生をおくりながら今日に至る。

えっ、これで終わり?全然顧みていないけど‥。そう言われても仕方がない、中学生まで顧みて終わってしまった。まだチャップリンも出てこない。ごめんなさい俺は「嘘つきカモメ」でした。いざ笑いの自分的歴史を顧みてみると全然終わらない、笑っちゃうくらい紙面が足りない、膨大な笑いの歴史は簡単には言い尽くせなかった。反省。
だがこれだけは言える。感性は小学校高学年から中学生にかけて、受信力のある子供は確実に伸びる。人生で一番大事な時である。誰かがその年頃をこう呼んでいた、「ゴールデンエイジ」と。素敵な表現だ。夢があって疲れを知らない、俺たち「シルバーエイジ」にゃ敵わない、
いや敵わないわけはない、俺たちももう直ぐ「ゴールデンジジイ」だ。
                                     中村 龍史

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