2018年 ACT.11

「ノンバーバル」其の1

四半世紀に一昔を足したくらい昔、簡単に言うと35年ほど前、NYで「ブルーマン」というノンバーバル(セリフのない)作品を観た。
3人の男が顔をブルーに塗り、無言で舞台狭しとアイデア満載の演目で遊びまわる。太鼓と水と照明を駆使した三位一体視覚的リズムパフォーマンス!!その他マシュマロ、トイレットペーパー、映像、観客参加、とにかくお客様を飽きさせない。音楽は耳をつんざくバリバリロック、これぞオフ・ブロードウエイ、シッチャカメッチャカアートミュージカル。最後には観客全員トイレットペーパーまみれで終了。

やられた………4本あった琴線が3本ブルブル震えている(1本は切れた)…かなりやられた…、俺はキャパ200ほどの小さな劇場を出て、NYの夜空に向かってもの凄く小さく叫んだ!
「こんな作品創りたーーーーーいっ!」
切れた琴線を結び直しながら心に誓った。
日本でこんなハチャメチャアート・観客参加型ノンバーバル・コメデイーミュージカル作品を創れるのは俺しかいないんだから…武者震い…少し感動…風が吹いた。
結び目は再びぴーんと張り詰め、4本に戻り、ウクレレ琴線に戻った。

琴線4本男はその後ノンバーバル作品を模索し始めた。が、行き着くところはやはり敬愛する
「チャールズ・チャップリン」だった。
すでにチャップリンからは色々影響を受け、作品作りの際は、頭の中には常にチャップリンが座敷童子のように鎮座していた。

ある時、友人の誘いで、リンゼイ・ケンプ(イギリス出身舞踊家・俳優・パントマイムアーチスト・演出・振付家でデヴィッド・ボウイやケイト・ブッシュなどが彼の影響を受けていた)と食事をする機会があった。そこで彼は俺に向けて、こう言った。
(以下ケンプはK 、俺はRと記す)
K「リョージ、君のヒーローは誰?」
R「シゲオ・ナガシマというベースボールの偉大な選手だ」
K「そうか、僕のヒーローは、チャップリンさ」
R「おーおー、チャップリン。俺も大好きだ」
(と、片手で空を掴みジャケットの内ポケットに入れ)
「俺は彼からは色々もらっている」
K「そうか」
(素早くKは、右手、左手と空を掴みポケットに入れ)
「僕はこんなにもらってるよ」
R「いやいやいや、俺なんて、そんなもんじゃない」
Rは、またまた空を掴み、ありとあらゆるポケットに収めた。
KRは、その後も2人で空を掴み合い、ノンバーバルで?語り合った。

ただ、リンゼイ・ケンプの作品にも、又、俺の舞台にも、余りチャップリンの影は見えない。
モノを創作する人間は、多かれ少なかれ誰かの影響を受けている。黒澤明が語っていたように、「芸術は模倣から始まる。完全なオリジナルはありえない」。そのとーり!

素晴らしい作品や、偉大なエンターテイナーの技を目に焼き付け脳裏に収める、俺はそれを
「頂く」と言っている。頂いたモノを胃にもたれないようによーく「咀嚼」して、そこに自分のアイデアを加える、そこから出てくるものがオリジナリティーだと俺は思っている。
ただ、「咀嚼」が下手な輩がいる。それは「真似」「パクリ」という言葉で一蹴して良い。
チャップリンがノンバーバルにこだわったのは、言語の壁を超え、世界中の人々に肉体を通して感じて欲しかったから、それに尽きる。

俺も20年以上前から、観客参加型ノンバーバル作品を作ってきた。
第1作 「ear」は紫色の顔にデカ耳の、音に敏感な異星人。
美術も楽器も小道具も不用品を使用。
第2作 「マッスルミュージカル」は、ミュージカルの1ジャンルとして創ったもの。台詞も物語もない、筋肉が音を奏でる、アスリートを表現者にした舞台。
第3作 「忍者くん、走れ!」は、密書を抱え東海道五十三次を、忍者くんが走る走る。観客を敵味方に分け、味方は赤玉(玉入れ用)を投げて応援し、敵は白玉で行く手を塞ぐ。

ノンバーバルは国も性別も年齢もかかわりなく、目で耳で肉体で楽しめる。
ノンバーバルと言えば中村籠史、RYOJl NAKAMURAといえばノンバーバル!と認識されたら望外の幸せ、世界中に「活力」を届けたい。

皆の衆、「言葉を捨て、街に出よう!」次は9がっちゅ~う!
                               中村 龍史

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