その19 実験的舞台・何でもありのレヴューショー 「中村一座」誕生!

1980年代半ば、「私はこれで(禁煙パイポを取り出し)煙草を辞めました」次に別の男性が、
「私はこれで(小指を立て)会社を辞めました」と言うオチになるテレビコマーシャル、初めて聞く方も、懐かしく思い出される方も、いらっしゃるでしょう。小指は女性を示すもので、2026年の現代では、決してありえない表現のCMですね。

ある日、遊びに来ていた龍史くんの友人は、いつもの熱い視線で彼を見つめ、酔っ払った勢いで言った。「私はこれで(親指を立て)劇団を辞めました」親指は男性を示すものだ。
龍史くんもすかさず、言った。「私はこれで(小指を立て)劇団をクビになりました」

更に10年程前のこと、劇団四季同期の仲間うちでは「稽古では笑わない浅利さんが、りょうじのアフリカのライオン(井上ひさし作の動物会議)をあれだけ笑っていたのに、どうしてクビ?」「桑原悦ちゃんとの関係?」、同期のachiさんは言った「あの二人は本当に清らかな関係です」「では、浅利先生の嫉妬?」
クビになったのは僕の芝居の至らなさと自覚していた龍史くんだったので、クビになってからは、四季の仲間にも会わず、声をかけられれば、東宝のミュージカルの舞台へ、日活の映画へと、出演していた。そんな矢先、仲も良く尊敬していた先輩、桑原悦子さんの自死を知らされる。『泥棒たちの舞踏会』の打ち上げの翌日だったという。

ちょうどその頃、私は井上ひさしさんのお芝居を、より近くで学びたく、ある劇団の研究生になっていた。裏方志望であったはずが、いつのまにか、オーディションを受けさせられ、NHK教育テレビのお姉さんの最終審査に残っていた。これはまずい!テレビ出演はまずい!両親に何を言われるか、、、やる気はないくせに落ちたくはない、なんとも複雑な気持ちで最終オーデイションを迎えた。「もうお一人、残られたのはどなたですか?」プロデューサーに聞くと「劇団四季の有望な若手女優だよ」そういう人なら間違いなく私は落ちる、正直、ホッとする。「貴女ならなら知っているでしょう。芝居も歌も上手く、四季の子供のミュージカルの主役、桑原悦子さん」聴いた途端、彼女の実力を知る私は、逃げ出したい気分で、そっと帰り仕度を始めた。ところが、何時間待っても、彼女は現れなかった。

何の因縁か、龍史くんのクビのキッカケになったらしい彼女が、私の最終オーディションの相手だったとは。待てども待てども来ないはずで、その日の朝、彼女は21歳の若さで亡くなっていた。龍史くんと付き合い始めた頃、彼女の話しを聴き、私は私で出会うことのなかった競争相手だったと告げる。「そんな!」互いに目を丸くし、束の間見つめ合う。私は、彼女に引き合わされたような、不思議な感覚に陥った。
それからの龍史くんは、劇団四季に関して話すときは「愛と憎しみを込めて」と、枕詞のように付けていた。

ところで、邦題で『ペーパームーン』という映画のポスターを覚えているでしょうか?ウオーレン・ビーティ(シャーリー・マクレーンの弟)と娘のテータム・オニールが、三日月に二人並んで腰をかけたポスター。その同じような三日月に、大江千里くんが腰掛けた、そんな幕開けで彼のコンサートは始まった。まさに宝塚男子版で、コーラス二人(豊広&松木)を従えて、黒縁メガネの華奢な彼は、多少ぎこちなくも踊りきり、好スタートを切った。

ユーミンの『YUMING. BLOOD』ツアーも、お洒落なCMを撮る黒田さんの演出は、自分を主張するスタッフも新参者もうまくまとめ上げ、神奈川県民ホールでゲネプロを迎えた。
2階の前方で観ていた私に、1階から声がかかった。「どーお?この明かりー?」私は、一瞬スタッフ同士の話かと左右に首を振る。誰も居ない、私に訊いているのか?「見えないー?」と再び声がかかる。首を振ったのはそういうわけではなく、、、「いえ、あの、下手で踊るコーラスに明かりが当たっていません」「えっ、下手?」「はい、あれでは振付も何も、わかりません」
「あの人は誰なんだろう?」終了後に龍史くんに話したら、「それは照明の林さんだよ」と笑われた。何と失礼な私!と思いながらも、翌日の初日も、華やかな照明の当たっているところもいないところも、しっかり観ていた。

1984年、僕は、構成・演出・振付を一人で手がける演出家として、ステージプロデューサーの大橋さんが言うところの、コンサートの隙間産業を一手に引き受けている感があった。
よく考えたら、コンサートで指揮を取ることを楽しみにしていたかもしれない所属事務所の社長、レコード会社の担当者、あるいは舞台監督は、どう思っていたのか。僕は舞台のプロとして、それぞれの立場で意見を批評を宣う彼らを、納得させる舞台を創らなければならない。僕は生まれて初めて、ねばならない、I mustを心に身体に刻み込む。

大江千里くんのファーストコンサートから、数ヶ月後にユーミンのツアー、その後、逗子、苗場のステージングを毎年手がけた。
1984年の暮れには雅夢のファイナルコンサート、初めて全てを任されたコンサートだけに、想いも一入である。
1986年には、映画でも大人気の原田知世さん、スケバン刑事の南野陽子さん、と時代のアイドルのコンサートが続く。知世ちゃんはクラシックバレエの経験があり、立ち姿も美しく、振付の時間も楽しい。舞台は八百屋(斜めの舞台)にし、アイドルらしからぬ演出に挑んでみた。その結果、コーラスの豊広さんはグルグル回って目が周り知世ちゃんの正面で止まるという大胆な技を披露し、嬉しいことにもう一人のコーラス・松木さんは、豊広さんのケアーをしながら、生涯の伴侶となるドラマーの濱田さんと出会った。

南野陽子さんのコンサートを初めて観た折、男子、いや結構な年のファンもいたが、その男どもの低い雄叫び、「よーこちゃ〜ん」が印象に残った。女の子のきゃーっ、とは違う。正直、気持ちが悪かった。
僕が演出することになったので、先ず、頭で黙らせる、呆然と舞台を見つめる、そんな幕開けにしよう。と、考えた末に、陽子ちゃんを花魁の姿で、何もない、何も置かない、舞台の中央に立たせ、舞台上にしんしんと雪を降らせた。
案の定、獣どもは雄叫び一つ上げず、降る雪と同じようにシーンと舞台に目を注いでいた。やったあ!!
ただその後の雪の始末、バンドの出し方には、スタッフとともに四苦八苦したが。

米米クラブのデビュー前に、一度観て欲しいと頼まれ、大阪のライブハウスへ出かけた。メンバーが楽器もやり、歌も歌う、ステップも踏む。それぞれ技ありの新しい形のグループだった。
そうそう、僕もこういうことしたかったんだよね!そんな思いで愉しんだ。そして、米米のファーストコンサートも手がけることになった。
その米米を観ながら、そろそろ自分なりの実験を始めなければと考えていた。帰りの新幹線の車中でも、早く帰ってるみちゃんと話したい!暗い車窓にイメージを張り付け、あんなこと、こんなことを展開させてみる。日本から世界に向けて発信できるエンターテイメントは何か?
それが、三十代になってからの二人の大きな課題であった。

「先ずは、レヴューショーから始めようか。ミュージカルの元だしね」
「何でも試せるしね。ミュージシャン、役者、歌手、いろいろ集めたいね」
「裏方さんもいいよね、いい味の方、いらっしゃるし。だったら」
龍史くんは言った。「裏も表も使えますよって、リバーシブルってタイトル、どう?」
「うん、うん、それに敢えて、新春特別興行、なんて入れてみる?」

1988年・2月22日、23日、24日の三日間、青山の草月ホールで幕を開けた。出演者は、僕が演出するコンサートではお馴染みの・豊広純子・松木美和子・黒鳥でバイトをしながら舞台に立っていた若者三人組・秋本奈緒美(当時は歌手)・毛利公子(シュガー)・鷲巣輝文(現・照織)と僕の9名、スタッフはコンサートで散々お世話になっている面々。
歌やダンスの他に、コントあり、舞台のパロディーありのエンターテイメントショーである。
初日は裏も間に合わず、開演が20分遅れてしまった。ご自身でチケットを購入し来てくださった永六輔さんが、「待たせすぎだ!」と、怒って帰られたと聞いた。申し訳ない!と思っても、
出演もする僕には、どうにもならず、待ってくださっているお客様に思いっきり愉しんでいただくしかない。

僕は、ユーミンに断りもなく「卒業写真」を使って一景を創った。
♪「悲しいことがあると 開く皮の表紙  卒業写真のあの人は やさしい目をしてる
 街でみかけたとき  何も言えなかった 卒業写真の面影が そのままだったから
 人ごみに流されて 変わってゆく私を あなたはときどき 遠くでしかって」♪

歌いながら、イメージしてお楽しみください。

ネオン輝く夜の街、上手で、客引きの男性が、学ラン姿で看板を掲げている。
下手には、卒業写真を手にして、客引きの男性を見つめるセーラー服姿の女子高生。
この二人にスポットが当たり、ユーミンの『卒業写真』の歌が流れる。
「♪悲しいことがあると  開く皮の表紙  卒業写真のあの人は やさしい目をしてる
 街でみかけたとき  何も言えなかった 卒業写真の面影が そのままだったから♪」

次の瞬間、上手から手の空いてるスタッフ、キャストが集団となって人の群れになり流れ込んでくる。「♪人ごみに流されて 変わってゆく私を 」
その人ごみに巻き込まれ、女子高生は衣装も髪型も変わっていく。
「♪あなたはときどき 遠くで叱って♪」
学ラン姿の客引きが、離れた位置で、大声で叫ぶ。 『バカーーーーーっ』

その声が響く中、再び、ユーミンの声が、最後のフレーズが、繰り返される。
「♪人ごみに流されて 変わってゆく私を 」
歌と同時に下手から、再び人の群れが流れ込み、女子高生が揉まれて衣装も髪も変わってしまう。
「♪あなたはときどき 遠くで叱って♪」
学ラン姿の客引きが、離れた位置から、大声で叫ぶ。 『バカーーーーーっ』

このショーを草月ホールの2階の最前列で、松任谷ご夫妻が観ていらした。かなりの数のスタッフ、ミュージシャンも来てくださった。
客席で観ていた私は、クスクスから、ドカンと言う笑いまで、稽古で何度も見ているのに一観客として愉しんだ。
この『リバーシブル』以来、ユーミンの『卒業写真』の弾き語りでは、「遠くでしかって〜」の後、私は愛を込めて小さな声で付け加えていた。「バカっ!」
                                                                                      
                                
                                                                               
💌💌語り手のつぶやき💌💌
あ〜あ、長くなってしまった!ごめんなさい!
私は、中村のショーがほんとにおバカで好きなのですが、同時にとても緻密に作られていることにいつも感心しています。
その辺りのことも、思い出す限り書いていきます。
ところで、7月の更新は、1日ではなく3日あたりになりそうです。これもごめんなさい!
梅雨に入りましたね。心身ともにカビが生えないよう、気をつけましょう。  留美子拝

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