その23 「中村一座」から「東京パフォーマンスドール」へ

前年の夏、南麻布から世田谷へ転居し、中村の叔母とシャム猫のあかね、私たち夫婦とひらめ、三人と猫二匹で迎えたお正月。大晦日には近くのお寺で鐘をつき、寒さ凌ぎの甘酒をいただき、1990年が平和で健やかな年になるように願った。
その叔母も多発性嚢胞腎で、数年前から血液透析に通い、長年勤めた通産省(現・経産省)も辞めた。叔母は広尾のマンションで一人暮らしだったので、私は麻布の山を越え、時折、顔を出したりお買い物に付き合ったりしていた。さっぱりとした気性で、江戸っ子下町育ちの代表のような女(ひと)で、龍史くんの姉の郁子ちゃんと話すときは、べらんめえ口調、私は江戸時代にタイムスリップしたような気がしたものだ。

2月16日から18日まで、シアターサンモールで「中村一座」REVERSIBLE Ⅳ「最後の聖戦」を上演した。ハリソン・フォードが冒険家で考古学者のインディアナ・ジョーンズを演じ、子供時代をリヴァー・フェニックス、その父親がショーン・コネリー。
ショーンファンの私たちは、徹底したエンターテインメント「インディー・ジョーンズ」の如く、溢れるサービス精神、ジェットコースターのようなスピード感で、躊躇なく舞台上の冒険をするぞ!と、決意を込めて「最後の聖戦」というタイトルを勝手にいただいた。

僕が無音の中で踊る「シビレ節」は、コンテンポラリーへのオマージュ、ではなく、究極の当て振り(あてぶりとは、具体的にわかりやすい振りをつけるというところか)、ダジャレも振り付けてみようと試みたものだ。
植木等さんの「しびれ節」の1番の歌詞を思いっきり当て振りで踊る。だが、無音で踊るため、何を踊っているのか観客にはわからない。観客はひたすら想像するだけだ。
上は黒のタンクトップ、下は黒のタイツ、そして裸足である。
現代舞踊のダンサーをイメージしたものだ。

スーッとステージ中央へ出て来て真っ直ぐに立ち、おもむろに踊り始める。全く音のないステージ上は暗く、ピンスポットの中で踊り続ける。観客はその振り付けが滑稽に見えるのか、クスクスと笑いが起きる。僕はすまし顔で踊り続ける。1番を終えるとまた、中央の位置へ戻り、すまし顔で真っ直ぐに立つ。そこで初めて楽曲が流れる。同時に僕は、先程の振り付けで踊り出す。照明が明るくなる。
「オレはあの娘(こ)にシビれてる、ばあちゃんはエレキにシビれてる」
ここで、ドカンと笑いが起きる。お客様の笑顔と笑い声を全身に受ける。

僕は調子に乗って、現代舞踊第2弾、3弾を創った。内村直也作詞・中田喜直作曲の「雪の降るまちを」、舟木一夫さんの歌う「学園広場」と続いた。

サンモールで上演していると、今までになかった演劇関係者やテレビ関係者も観にくるようになった。あいちゃんやるみちゃんの宣伝もあるのかもしれない。
僕は知らなかったが、バタケ(高畠)が詳しくて、いろいろ教えてくれる。「ワハハ本舗」の作家が来ているとか、今村ねずみさんが来たとか。皆さんが楽しんでくれれば、憂さ晴らしになれば良いと僕は思っていた。「ネタに詰まって、うちに拾いに来ているんです」と、バタケはブツブツ言い続けた。
僕だって僕の頭の中に住む住人、過去に影響を受けた方、影響を与え続けてくれる方の真似をしつつ、一回咀嚼して、自分なりの表現を模索している。
アイディアは素人でも出せるが、それを形にして表現するのがプロの演出の仕事だ。

公演をするたびに、スタッフから共演者から観客から、沢山の刺激を受け学ばせてもらっている。その度ごとの赤字も大きいが、また、稼げばいい。というより、稼ぐ場所があることに感謝する。
2月の公演も落ち着いたある日、EPICソニーの丸山さんから電話が入った。バタケは緊張のあまり立ち上がって頭を下げたという。団体のアイドルの話のようだが、折り返し、電話をしてみる。中村一座のような形式で、新しいアイドル集団を作ってほしい、とのこと。夏休みの間、原宿ルイードを押さえてあるので、そこで休みの間に観客が100名を越えれば、その先も続けられる。
EPICはゼロを1に出来ない。中村さんが1にしたものを2に3にすることは出来ると。

正直、コンサートはもういいと思っていたが、ガンガンに歌って踊れるアイドル集団はまだないし、面白いかもしれない。きっと、あいちゃんの口添えがあったに違いない。
るみちゃんも傍にいて頷いている。この先、ユーミンもあるし、9月にはサンモールで「中村一座」もある。スケジュールの調整はバタケに任せればいい。
赤字を埋めつつ、新しいもの創りに励めばいい、今のところ体調も悪くはない。
「身体、だるくない?疲れはとれた?」
「僕は大丈夫!!」言った瞬間から、シャキッとし、先々のことを考えてワクワクする。
丸山さんと会う約束をして、その日もぐっすり眠った。
                                                                                        
      
                                                                                      
                                                                                       
                                                                               
💌💌語り手のつぶやき💌💌

22話と23話をまとめて22話として、一度に更新してしまいました。既に読んでくださった方もいらっしゃることでしょう。中味に変わりはないのですが、私の説明不足から起きた手違いです。ごめんなさい!本日、改めて23話を更新いたします。

1990年(平成2年)代から2000年にかけて、新たな人・新たな仕事との出会いが続きます。
一本一本の仕事を大切にしたいという中村の気持ちとは裏腹に、次々と出会うべくして出会う仕事をひたすらこなしていく中村に、私や高畠は付いていくのが精一杯でした。
遺伝性の腎臓の病も心配です。24話からの怒涛の日々も、続けてお読みいただけたら幸いです。
                                     留美子拝

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