その22 「中村一座」シアターサンモール三部作

1989年6月、「中村一座」の3回目の公演THE REVARSIBLE Ⅲ「NAKAMURAイリュージョン」を開催中に、EPICソニーの丸山茂雄さんと初めてお目にかかった。私のプロデュースの補佐をしてくださった会田さん(あいちゃん)の上司で、面白いから観てと、あいちゃんが引っ張ってきてくれたのだと思う。
サンモールの一番後ろの席で大きなよく通る声で笑い、拍手は誰よりも大きく響く、ポロシャツにジーンズの背の高いカッコいいオジ様、それが私の第一印象だった。
そこから、中村が演出し出演する舞台作品の全て、演出のみのものも、時間の許す限り足を運んでくださり、その大きな拍手と笑い声に中村自身がどれだけ支えられていたことか。

このシアターサンモールの柿落としは、つかこうへいさんの『今日子』(劇団円の岸田今日子さん主演)だったと記憶している。当時のサンモールの支配人が「つかさんがサンモールのほとんどの舞台機構を使って見せたと思っていたら、その直後中村さんが、僕らも気づかなかった機構を見つけ出し、効果的に使ってくれた」とニコニコ顔で仰っていた。
当時のサンモールの舞台はセリ(舞台の床の一部を切り抜き、そこに役者や大道具をのせて、上下させるようにした装置)が9分割されている、300人弱のキャパシティの劇場では考えられない画期的なものだった。

僕にとって、舞台の取扱説明書は自分の想像力。初めて買ったオモチャのように、セリはもちろんのこと、奈落(舞台の床下)から舞台・客席の天井まで、使い尽くした。
照明家に、美術家に、舞台監督に相談しながら創り上げていく。
『NOからは何も始まらない!何も生まれない!一緒に工夫しようよ!』とスタッフに言い続ける。そこから初めて、新しいエンターテインメントが顔をのぞかせる。

「中村一座」の3公演だけでなく、セリを多用することが面白く、その後、東京パフォーマンスドールや、吉本新喜劇の「ダンス発表会」などで、何かと便利に使った。
セリ担当の劇場スタッフが「中村さん、曲のカウントをちゃんとれるようになりましたよ!」「中村さん、今回はどう使うんですか?」と楽しみに待っていてくれた。骨身を惜しまないスタッフの輪が広がっていく。

1989年12月5日、ユーミンの「LOVE WARS TOUR」は、東京ベイNKホールで初日を迎えた。
それまでのユーミン楽曲にはない、大腿四頭筋泣かせの振りが付いた『WANDERERS』。その時には気づかなかったが、大腿二頭筋も大内転筋も共に悲鳴を上げていた。振り付けた僕自身がトイレに座る瞬間「イタタタター」、きちんと踊れば踊るほど腿にくる。
その痛みを乗り越えた先にカッコいい姿を想像できるユーミンもコーラスも、「イタタター」と言いながら涙目で笑っている。
リハーサルを繰り返し見ているスタッフも、休憩中にステップを自分のものにしている。すると翌日は、機材を運ぶスタッフの後ろ姿が少しガニ股で「イテテテ」。
そこまでして覚えてくれるスタッフの熱意に応えて、『スタッフダンサーズ』を作り、そう、「中村一座」なら直ぐに舞台に立たせるのだが。。。
本番はその『WANDERERS』にいつも以上の歓声と拍手、観客は、ユーミンが歌い踊る姿に、コーラス三人とぴたりと揃う力強いその姿に湧き、息苦しいほどの熱気と歓声に、会場は揺れていた。

ファンは何をやっても喜ぶが、今日、初めてコンサートに来たお客様に、どう楽しんでいただくか、それを形にしていくのが僕の仕事だ。歓声と拍手を聞くたびに、思わずニャッとしてしまうが、調子に乗るんじゃないと、改めて気を引き締める。

その年の12月23日(土)、新宿ACTルミネホール(当時の名称)で、「中村龍史一座」のクリスマスパーティーを開催した。中村のピアノから始まり、一座のショー、飲み放題で、出演者と過ごすパーティーだ。パーティーの後半に差し掛かり、高畠さんが巨体を揺らして私の元へ走って来た。彼は、コンサートのイベンターの仕事を辞め、ゼロから創る中村の仕事をイチから手伝いたいと、オフィスひらめに入ったばかり。大柄で優しく、私など後ろにすっぽり隠れてしまう。

「るみこさ〜ん!大変ですゥ!飲み物が〜足りませ〜ん!」
音楽とお客様の声で会話も聞き取りにくく、私の耳にテノール声で歌うように報告する。
「え〜っ!今から買い出しに行ける?何とかなる?」
「スタッフを一人連れて、行って来ま〜す。みな、よく飲みますねえ〜」
歌うように言い、お腹でお客様を払うようにしてパーティー会場を抜けて行った。
その時入れ違いに、リハーサル終わりの(大江)千里くんが顔を出してくれた。
「あっ、せんちゃん!、来てくれたのね、ありがとう!」
思わず千里くんが唇に指を当て「しーっ、お客様にばれちゃうから」
たしかに、ツアーもライブもソールドアウトするようになった千里くんは、自身のスタッフに囲まれていた。歓談するお客様を楽しそうに見ている千里くんに「中村を呼んでくるわね」と言って、私もパーティーの波の中を泳いでいく。高畠さん、ちょっとお客様を入れすぎなんじゃないと、つぶやきながら、笑顔の中村の元へ漸く泳ぎ着いた。

                                               
                                                                                      
💌💌語り手のつぶやき💌💌

先ずは熊本地震で被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。
避難をしてもこの暑さの中、エアコンが設置されてなかったら、体力のない者はどうなるのか、断水が続いたら血液透析患者は臨時にできる場所はあるのか、などと熊本に想いを馳せると、居ても立ってもいられない。東京でただ暑いと文句を言っている場合ではない。熱中症の患者の数を数えている場合ではない。体育館にエアコンがないのは、マッスルのリハーサルで経験している。どうしてそこが、避難場所に指定されているのか、行政の想像力の無さか。
腹立たしさと無力感に襲われる。どうか、生き残った方は、生き延びてください。怪我のある方、持病のある方は、なんとか、身を守ってください。ただただ、祈っております。
                     留美子拝

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