その20 「中村一座を日本発のエンターテイメントに!!」

コンサートの隙間産業(ニッチ産業)、構成・演出・振付を一人でこなす演出家として、龍史くんは日々忙しく懸命に過ごしていた。
きちんとリハーサルを行うチーム・ユーミンの一端を担う彼は、ツアー・逗子・苗場・船(さくら丸)でのイベント等の、音楽リハ以外は顔を出しているので、一年のスケジュールの大半を抑えられてしまう。

しかし、実験舞台として始めた「中村一座」を続けるためには、他の仕事も進んで受けなければならない。それこそ、当時のアイドルからアーティストまで、次々にこなしていく。
麻布十番のつづきスタジオに行けば、私がスケジュールを把握していなくても、受付のお兄さんが教えてくれる。「今日の中村先生は、13時から7スタ、16時からは3スタ、その後は、、」と。

龍史くんは、いい加減にやっているのではなく、舞台に立つ人とそれを支えるスタッフとの人間関係も、それぞれの個性に合わせた舞台の創り方も、現場で一つ一つ学んでいく。
カサカサのスポンジが、水を吸収するように、何でも貪欲に吸い取っていく。
遺伝性の病を持つ龍史くんを傍で見ている私は、ハラハラしながらも、到底追いつかないスピードでプロフェッショナルに、大人になって行く姿を見守るしかない。

1984年、日本屈指のコーラスグループ「ハイ・ファイ・セット」(Hi-Fi Set)がCBSソニーに移籍して初めてのアルバム『PASADENA PARK』のツアーを手がけた。
ほとんどのアーティストがアルバムを出す度に全国ツアーを行うので、腹を据えてニッチに稼ぐ僕にはありがたいことだ。
ボーカルの山本潤子さんの説得力のあるソプラノが心地よく、山本俊彦さん、大川茂さんの大人の歌声もくせになる。僕はハイ・ファイに出会ってから、休日の朝は潤子さんの歌うユーミンの楽曲で目覚めることが多い。
特に雨の日の朝、「朝日の中で微笑んで」「雨のステイション」を繰り返し聴く。その繰り返される曲を聴いているのかいないのか、奥様は静かに眠り続ける。
僕は雨男らしい。大事な日、例えばゲネプロ(最後の通し稽古)や初日に大雨が降る。嵐を呼ぶ男と言うとカッコいいけど、大雪を降らせた時は雪男か!と、後ろ指を指され、お客様が劇場に向かう時間に突然の雷と横殴りの雨に「あーあ!」と制作スタッフにため息を吐かれ、無事に千秋楽を迎えたときには僕自身も心底ホッとする。

数少ない休日もやはり雨だった。
休日と、リハーサルから帰ってホッとして一杯飲む時間が、僕らの夢の打ち合わせタイムである。

初回の中村一座『リバーシブル』の反省の後、次回はどう展開していくのか、制作は初演同様フロム・ディーの向井優一郎さん、もちろん赤字は僕らの事務所ひらめ持ちである。初演の7ヶ月後に2回目の公演を開催するのはなかなかきつい。でも上演できる時にしないと、次がいつになるか、はたして続けられるのかわからない。
この2回目は六本木のアトリエ・フォンティーヌ、小さなシアターなので1週間で11公演。出演者はレギュラーになりつつあるコーラスの豊広さん・松木さん、若者三人組、新人女優に特別出演の市川祥治さん、そう、ユーミンのギター「中村センセ、このステップ、一生忘れません!」と叫んだ、いっつぁんである。もう一人、僕のたっての願いで、るみちゃんを「余 姫舞(よ ちぇんまい)」と名付けて出てもらうことにした。予定していた舞台女優が出られなくなり、ピンチヒッターとして頼み込んだのだ。
「無理無理!」「そこを何とか」と頭を下げる。
「芝居を書くから、その僕の相手をして欲しいんだ」「無理無理!ほんと無理!」とるみちゃん。
「だってもう、チラシに名前を載せちゃったし」「ええーーっ、なんてことを!」

出来上がったチラシを見て、再び私は叫ぶ。
「無理無理!だって私、全体を見なくちゃいけないし」「るみちゃんなら出来る!」「そう、私は器用だから、いや、その手には乗らなーい」
「絶対に大丈夫!僕の演出に身を任せて。バイクの後ろに乗る時と同じ!右に曲がる時は右に倒す、その素直さがいいんだから。君なら出来るぅ!」
私はとうとう、演出家に口説かれた。

「ロミオとジュリエット」のジュリエットのお姉さん『アラヨット』役、また「夢千代とジェイソン」は、早坂暁作のNHKドラマ「夢千代日記」の夢千代と「映画・13日の金曜日」の、殺人鬼・ジェイソンとが出会い、彼は残された命がわずかな彼女に同情し、そっと別れていく。ジェイソン役は龍史くん。
「あなたのお名前は?」と夢千代が尋ねると、現代の若い子のように、アクセントのない平板な言い方で答える。「ジェイソン」。少し訛りのあるジェイソンなのか、平板で答えられる度に、私は吹き出しそうになっていた。でも、その平板な物言いが、ジェイソンのある種の生真面目さを表していた。
夢千代と別れ、結局、他の人間を狙ったジェイソンが、最後に生首を持って現れる。照明デザインの小川さんの明かりと黒いマントで下半身を隠し、生首らしい生首を演じた青白い豊広さんは、秀逸だった。
ギターのいっつぁんは、障子越しに、ギターの代わりに日本刀をひいていた。映画「眠狂四郎」の円月殺法を見ているようで面白かった。

私は、猫になり、バーのチィーママになり、皆さんの足を引っ張らないよう、それだけを考えていた。ある日の本番中、客席の姪と目があった。小学生の姪は目をみはり口を開け、私の動きを追っていた。素になりそうな自分を鼓舞し、姪の目から逃れた。
千秋楽にユーミンが観に来てくださり、私は穴があったら入りたかったが、穴蔵のような小さなシアターでは隠れようもない。
「とても面白かった!」と出演者全員とシャンパンで乾杯を。
緊張し続けていた皆の顔が、ゆるゆると笑顔に変わった。

台風の時期でもあるのに大雨には祟られなかった。
「アレっ、俺の力、緩んだ?」と龍史くん。「晴れ女のわたくしめが頑張ったのです!」
きっと、また赤字だろうし、このチラシ、このキャッチコピー、この宣伝方法で良いのか。
発想も演出も振付もオリジナルだが、楽曲までは手が回らない。
全てオリジナルは理想だが、今の私たちにはまだ無理か。。。

「るみちゃん、今回の赤字はバイク1台?それとも車?、、もちろん、仕事は断らず、どんどん入れてくださいな。好きなことを試したんだから、何でもやりまっせ!」
龍史くんはいつもの明るさで、私の肩を叩いた。
                                                                               
                                                                               
                                                                                   
                                                                                  
                                                                                 
                                                                                  

💌💌語り手のつぶやき💌💌

気圧のせいか、アレルギーのせいか、今ひとつ調子が上がらない。めまいが続く。頭が重い。
耳鼻科のドクターからは、2年前もこの時期に耳石によるめまいがあったと言われ、整体師からはストレスによる身体の歪み等を指摘され、そんなこんなで、いささか開き直りながら書いている。
下手は百も承知で始めたこと、せめてテンポよく行きたいのだが、、、あまりに中村が幅広く手がけていたので、アレをやっている時はコレもソレも同時進行だったと、後から気づいたりする始末。
まだまだ先は長いので、どうか懲りずに飽きずにお付き合いをお願い致します。  留美子拝

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