「トビー頑張れっ!」
めっきり寒くて凍えてしまいそうな今日この頃、ステージナビファンの皆さまは無事にお過ごしでしょうか? 平成30年最後のコラムです。
早いもので平成も30年、俺が現在の家に引っ越してきたのが平成元年、もう我が家も立派な古民家?自転車散歩をしていると、家の周りの景色が随分変わってしまった。代替わりで大きな家が取り壊され、そこに小さな可愛い家が5軒ほど建つ、新しいマンションが建てば即完売。世田谷の人口が増えるわけだ、現在90万人ほど在住。比べて申し訳ないが、山梨県全体でも人口約85万人である。世田谷の人口密度はハンパないっ! それにも増してお年寄りの比率がすごい。俺も十分にジジイだが俺よりも上の方々が闊歩(かっぽ)している街が世田谷だ。
ところで、俺はこの2、3年、日本国中を飛び回っている。一昨年は脚本家、倉本聰さん在住の
北海道富良野で身体超酷使的演劇「走る」の公演、冬の富良野は皆さんの想像通りかなり寒い、時にはマイナス23度、極寒1カ月稽古&本番。去年8月から今年8月にかけては長崎県大村市で月イチで市民ミュージュカルの稽古。今年は10月から大阪で1週間おきに「energy」のワークショップ。北海道、九州、大阪とバランスよく日本を巡っている。
その昔、某劇団四季の研究生だった頃、旅公演で日本国中くまなく回った思い出がある、19、20、21歳の頃日本全国を3周ほど回った。ただ、これは回ったというだけで名所旧跡はほとんど覚えてないし行ってない、駅とホールと居酒屋しか覚えてない。
その頃のある冬の旅、女優陣が編み物にハマった。毛糸のマフラー、帽子、手袋をどんどん編み上げていく。移動の車内、公演の待ち時間、とにかく黙々と編む。編み上がると同行しているスタッフおよび男優陣にプレゼントする。俺も同期の女子から手袋、帽子、マフラーを編んであげると言われたが、大女優に「私が龍史のを編んであげるっ!」ときつく言われたので、同期には断った。2カ月ほど冬の毛糸旅?が終わって帰京すると、旅メンバー全員が、毛糸の帽子、マフラー、手袋をして東京駅に降り立つ。想像していただきたい、見た目の割にはちょっと寒い。
さて世の中、右を見ても左を見ても「世も末」的出来事ばかり。
渋谷では、悪霊を追っ払うはずが、どっちが悪霊だかよく分からない連中が騒動を起こし、
南朝鮮では今更、旧朝鮮半島労働者(元微用工)問題を引っ張り出して金の無心。我が家の隣町の定食屋では、カウンター越しに若い従業員同士がペチャクチャ喋り放題、その上注文したとんかつ定食は世にも固い衣の隙間に肉が。家内が従業員を正すと、奥からクソババアが「はいはい、すみませんね」と、こういうお客にはこう言っておけばいいのよ的に答える、この人間的レベルの低さ、こんな店早晩つぶれることを祈る。
近所の話題をハロウィーン問題や南朝鮮問題と一緒にしてもいいものかと悩んだが、いずれも人間の愚かさ問題なので問題ないかと。
そんな中、俺は世も末どころか、バラ色のジジイ人生? をつつがなく送っている。
1週間おきに大阪へ行き、「energy」のワークショップを13時~21時まで8時間、週に4日猛特訓。羽田~関空、関空~羽田。8月までは羽田~長崎、長崎~羽田だったが、相変わらず羽田通いは続く。来年1回目のコラムはきっと関西詑(なま)りでんな。
話題はコロっと変わって。昨日、とうとう我が家の半地下駐車場に鎮座していた、「跳び箱」が大阪に旅発った。
思えばジャカルタ公演時に成田のガルーダ航空のロビーに場違いな「跳び箱」。ジャカルタの空港でスーツケースのラインからバラバラに出てきた「跳び箱」にメンバー一同拍手を送ったものだ。
その「跳び箱」が来春、クールジャパンパーク大阪TTホールこけら落とし公演『「energy」~笑う筋肉~』リハーサルのため、昨日我が家から旅発った。多分もう我が家には戻らないであろう、半地下駐車場にはぽっかり空いた「跳び箱」の跡がチト寂しい。が、来春お客様の前で燦然(さんぜん)と輝く「跳び箱」の姿が目に浮かぶ。
トビー(跳び箱の名前)頑張れよっ!!
みなさん良いお年を、来年もよろしくっ!
中村龍史

