「初めまして!龍史(りょうじ)です。」
ステージナビの読者の皆様、初めまして。
今月からこのコラムを担当いたします、中村龍史と申します、どうか御見知り置きを!
ちょいと自己紹介させて頂きます。生まれは上野稲荷町、下町育ちではにかみ屋。幼い頃は芸術の森、上野の山で野球、写生、虫とり三昧。お上りさんとおかまの都、アメ横、聚楽、西郷さん。秋葉、神田、神保町は楽器屋巡り、東大は小学生で裏から乱入、三四郎池で魚釣り。浅草までは小走り10分、電気プランを横目で眺め、暮れ六つ、梅園、SKD、ヌードに競馬に飲屋街。上野浅草御徒町、子供ながらにエンターテイメント三昧。小学生で音楽に目覚め、ベルトに挟んだ縦笛で、歌謡曲をピーヒャララ。「赤いハンカチ」「可愛いベイビー」「恋は神代の昔から」「いつでも夢を」「コーヒールンバ」「ハイそれまでヨ」「こんにちは赤ちゃん」とまあ「一人チンドン屋」の日々、アートと娯楽がハイタッチしたような街で育ちました。
祖父は歌舞伎の大道具、付けを叩いて花街通い。親父は真面目な職人堅気、何かっていうと「てめーこのやろーばかやろー!」が枕詞?小学生の僕が「おとーさん学校に行ってきまーす」と言うと「てめーばかやろーこのやろー早く行ってこい」と、こんな愛のある言葉で育てられました。
自己紹介が少し長くなりましたが、ここまでで、まだ小学校高学年です。これまでの僕の人生の中で、一番興味深く波乱に満ちた面白楽しい時代は、10歳前後から20歳頃までと、明日からが一番面白い。これはまたゆっくり書きます。
そうこうしているうちにいつの間にか前期高齢者、さて僕の仕事はというと、舞台演出家・振付家・作家・作詞家・作曲家・シンガーソングライター・エンターテイメント作家・俳優と色々書けば書くほど、こいつの本業はいったい何なんだと思われますよね。僕としては自分が持っている力を全て使いきって生き抜くことが、己に対する礼儀だと思っています。自分自身の才能を見い出して食っていく、これをエンターテイメント界の「オートファジー」と僕は勝手に呼んでいます。
舞台の演出家としては35年ほど経ちます。最初はコンサートの構成・演出・振り付けから始まりました。当時アイドルのコンサートは、既成の演出家がやる仕事ではなく、音楽フロデューサーや所属事務所の社長が、やいのやいのと力関係を見せ合いながら作り上げてしまうという、音楽界特有の「大雑把的やいのやいのコンサート」が横行していました。
そこへ僕が構成、演出、振り付けという、LIVEの世界の三種の神器を提げて登場したわけです。さあ業界は大騒ぎ!したかどうかは知りませんが、本来音楽好き演劇育ちの僕は、コンサートの中に劇的なものを入れ込み、構成の妙でミュージカル的演出・振り付けに挑み、随分好き勝手にやらせて頂きました。一つだけ紹介すると、M陽子ちゃんのステーシの場合。幕開きでファンの怒声のような叫び声が演出家を叩きのめす。ドレミでいうと、下のミくらいの音で、ヨーコちゃーん!よーこーっ!何やら地響きのような、アフリカ大陸を横断する数万頭のヌーの群れが、ヨーーーーーーーコーーーーーちゃーーーーーーーーーーーあんっー!!と、2000人ほどの男子中高生が叫ぶ、匂いも何か青泥油臭い。そこでは考えた、演出家の仕事とは、この数万頭のヌーの群れの前では無力なのか、何とかこの群れを一瞬でも止める事が出来ないだろうか。2、3分考えた。そしてドン・キホーテの商品陳列のような雑然とした記憶の中から、探り出したアイデアを実践した。
1980年代、某月某日某公会堂。場内アナウンスが入る「只今よりM陽子コンサート開演致します」。ここでまずヌーたちはウオーーーーッー!っと来る。そして客電(観客席を照らしている照明)が落ちる。真っ暗闇、そこでまたヌーたちは闇の中でウオーーーッ!と稔り叫び声を起こす、まるでヌーがライオンに追いかけられているように。その叫び声が頂点に達し波が引いた瞬間、幕が上がる。舞台上は降りしきる雪、舞台奥に陽子ちゃんは板付(幕が上がる前に舞台上にスタンバイ)。舞台はまるで「桜田門外の変」のような雪、雪、雪、雪。雪に照明が当たる、幻想的なシーン、きっとヌーたちは初めてこんな雪を見たのだろう、「八丈島のキョン」のように目をまん丸くしている。陽子ちゃんは舞台奥に一人立つている。ヌーたちはまだその存在に気づいていない。バンドメンバーは袖幕(舞台左右の端に下がっている幕)裏で演奏をしている。ちょっとかわいそうだったが、ヌーの群れを抑えるためには少し我慢してもらった。花魁姿の陽子ちゃんに照明が当たる、ヌーたちは一瞬息を止める。陽子ちゃんは舞台奥からゆっくりゆっくり歌いながら舞台前に歩き出す。あまりの劇的シーンに数万頭のヌーの群れは、一瞬足を止め唾を2、3回飲み込んだ。雪の降り続ける桜田門、ステージ上は降り積もる雪で真っ白。その雪に上手下手から風を送り込む、舞台上はたちまち冬の八甲田山と化す。ヌーたちは密かに口の中に溜まった唾をもう一回大きく飲み込む、2千人の喉仏が上下に移動する音が聞こえそうだった、「ゴッッッッククッンン!」いや聞こえた。1曲目が終わる。次の瞬間、紗幕(照明により、幕の内側の人物が見えたり消えたりする)が降りる、曲は2曲目ノリノリの曲が始まる、さあ裏は大変、陽子ちゃんは早着替え、バンドは台に乗って登場、雪は大掃除、照明は客席を照らし回る、一瞬足を止めた数万頭のヌーの群れは息を吹き返し一斉に、ヨーーーコーーーーーチャーーーーーン!と下のミの声で叫び出す。何事もなかったように紗幕が上がる。
yatta! あのアフリカ大陸横断数万頭のヌーの群れが3分弱静止をした。想像してみてください、数万頭のヌーの群れがストップモーションで顔だけこちらを向いてるとぼけた絵面。
演出家とはこんなところで感動し涙する。いいーーっ!凄くいいっ!